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4de4866d
anonymous
2020-02-22 00:04
- >>3f31dabc
オールド・タイマーさんは、個人としてのセイタンの不滅性=セイタンの個別性とアイデンティティ(オールド・タイマーさんの定義では個性)を同一視していると思われます。
実際には、個性は無限のアイデンティティのポテンシャルであって、アイデンティティと個性はイコールではありません。個性はセイタンの不滅性と同義ですが、オールド・タイマーさんは、個性とアイデンティティを同一のものとして定義しています。LRHは、個性とアイデンティティを明確に区別していました。個人のセイタンとしての存在性つまり個性(無限のアイデンティティのポテンシャル)は不滅です。
個人としての存在の不滅性、即ち個体としてのセイタンの不滅性が担保されなければ、セイタンの不滅性は担保されません。「意識することを意識している個体」というセイタンの定義はLRHのものです。
スケールの頂点で虚無へとアズ・イズされるセイタンなど不滅でも何でもありません。それは、再三申し上げているようにパーリ経典およびテーラワーダ仏教の教えです。
オールド・タイマーさんの主張では、スケールの頂点に到達し、解脱および悟りを成就したゴータマ・シッダールタ(釈尊)の人格は、悟りを得た時点で消滅しなければならなくなります。しかし、実際のゴータマ・シッダールタは、悟りを成就した後に法を説いたのです。
スケールの頂点はマインドの完全なアズ・イズであり、個人および個性のアズ・イズではありません。
実在のゴータマ・シッダールタは、マインドの観察によるマインドのアズ・イズを説いたのであって、セイタンそのものである個人および個性のアズ・イズを説いたのではありません。彼は、(経典には書かれていませんが)「マインドを消し去った時に全ての宇宙のからくりが明らかになり、その時にアートマン(セイタン)が残る」と明確に説いたのです。ゴータマ・シッダールタは、「アートマンはブラフマンに溶け込む」などとは説きませんでした。
悟りを成就したゴータマ・シッダールタは、マインドのヴィアを介さず、常時肉体から外在化しながら常時サマーディ(三昧)に入っており無呼吸の状態で肉体を生存させ続けていました。また、肉体の食事の必要はなく、空間の電子(プラーナ)からエネルギーを補給でき、完全なヒーリング能力とカルマの浄化力を持っていました。
実在のゴータマ・シッダールタは、気性が荒く偽りの宗教を堂々と批判し、強烈な個性の持ち主でした。パーリ経典の「怒りは煩悩」など大嘘です。ミス・エモーションが逸脱なのです。「悟りを成就したら個性が消え去る」など、パーリ経典の創作した神話に過ぎません。
さらに付け加えるなら、パーリ経典では200前後の戒律が説かれていますが、全て創作されたものです。実在のゴータマ・シッダールタは、戒律など一つたりとも設けてはいません。人間を自由にするために、なぜ戒律など必要なのでしょうか?
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