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old>>
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4b484fa1
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-05 13:28
- >>806579f1
基本的に、退行催眠はオーディティングの代わりにはならない。オーディティン
グが成立するには、オーディティングコムサイクルが確立されていなければなら
ないからだ。
日本国内で活動している自由領域オーディターはいないので、今のところ、オー
ディティングを受ける機会がほとんどないが、俺は今年の8月から«Self
Clearing»の翻訳を開始する。それを読んでオーディターになる人が出てきて、
ある程度の数になれば、互いをオーディティングできるようになるだろう。
-
1d975719
anonymous
2010-04-05 15:43
- >>4b484fa1
>基本的に、退行催眠はオーディティングの代わりにはならない。
これは、独断である。
確かに、退行催眠とオーディテングが異なるものである。
しかし、異なるからといって、それらの効果に共通部分が全く存在しない、とはいえない。
退行催眠によって、過去のトラウマから解放されたという報告が少なくない点を考慮すれば、
リリースを与える点に関しては、両者の効果にはかなりの共通部分が、あると思われる。
チャージの消去に関しては、退行催眠には不明な点もあるが、「消去できない」という証明は
まだ見たことがない。
-
0139d5ca
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-05 16:52
- >>1d975719
俺は"基本的に"と書いている。
退行催眠でグレード0~4における解放やクリアーコグをもたらしたという実例は
存在しないのだから、基本的に退行催眠はオーディティングの代わりにはならな
い。
もちろん、単一のトラウマからの解放という部分に限定すれば、退行催眠がオー
ディティングの代わりになることもあるだろう。
-
b9cd073a
anonymous
2010-04-05 17:45
- >>0139d5ca
>俺は"基本的に"と書いている。
>退行催眠でグレード0~4における解放やクリアーコグをもたらしたという実例は
>存在しないのだから、基本的に退行催眠はオーディティングの代わりにはならな
>い。
それが不可能であると、誰が検証したのか?
「実例は存在しない」のではなく、まだ、誰も確かめたことがないだけではないのか?
「単一のトラウマからの解放という部分に限定すれば、退行催眠がオー
ディティングの代わりになる」ならば、段階のスケールの理論に従って
その単一のトラウマからの解放を、一つ一つ積み上げていけば、
クリアーなどと、ほぼ同等の状態に到達することもあり得るのではないのか?
私は、その可能性を否定するつもりはない。
-
25991c89
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-05 18:18
- >>b9cd073a
初期大姉から60年間に渡って、退行催眠が全体としてオーディティングの代わり
になった実例はない。オーディティングを退行催眠の一種だと主張する人もかつ
ては少なくなかったが、彼らから退行催眠を受けた人にクリアーコグが生じたと
いう話は皆無だ。
しかし、退行催眠がオーディティングと比べて劣っているということではない。
両者は似ているところもあるが、対象となるケースレベルが違う。
退行催眠はオーディターとオーディティングコムサイクルを形成できない人にも
使える。オーディティングはそういう人に対して効果がない。
原始仏教も引っ張りこんで考えると、ケースレベルの高い人には仏教が適してい
て、ケースレベルが低い人には退行催眠が適している。菜園はその間だ。
また、念のためにいっておくと、ケースレベルが高くても、全体的な能力が高い
とは限らない。ケースレベルが低くても、パワーの大きな人はたくさんいる。
-
a660c239
anonymous
2010-04-05 19:50
- 素人が失礼しますが…、「赤札PC」とは、何の事でしょうか。
-
9891b75c
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-05 20:31
- >>a660c239
セッション中にオーディターによる重大な過失があった場合、PCフォルダーに赤
い札が貼られる。菜園組織は24時間以内に修復オーディターがそのPCとセッショ
ンを持つことができるようにしなければならない。
赤札PCへの対応を怠ることは菜園組織において大罪とされている。
-
f2ef5e7d
anonymous
2010-04-05 21:39
- >>25991c89
ご主張の趣旨はおおむね理解できました。
また、特に異論もありません。
「退行催眠はオーディティングの代わりにはならない。オーディティン
グが成立するには、オーディティングコムサイクルが確立されていなければなら
ないからだ。」
との主張が、私には、ややオーディテング絶対論のようにも聞こえたので、
「少し噛み付いてやろうか」と思ってみただけです。
個人的には、クリアーという状態に到達するためには、もう少し、
いろん間口があっても、いいのではないか?と思っています。
私が、クリアーになったのは、今から17年前でしたが、その後、ケースの状態が
悪化しても、オーディティングが受けられない時期がつづきました。
その時のコグニションは「背に腹は替えられぬ」でした。
悪い状態にとどまり続けるよりも、手近な手段で、ハンドルできそうなものがあるなら、
何でも試してみよう、ということです。
そんな中で、『前世療法』といものも試してみました。
まあ、それなりに使えるのじゃないですか?
興味があって、自分にでも出来そうだ、と思うものは、何でもやってみたらいいでしょう。
-
cf738eac
anonymous
[sage]
2010-04-05 22:10
- てst
-
7f52f9f9
anonymous
2010-04-05 22:25
退行催眠や前世療法では、一般にカタルシスを促すことに主眼が置かれてます。
菜園大姉に関しては門外漢なので比較はできないのですが、ポスチユレートの再認識を
重視することから推測してみるなら、菜園大姉は、修理すべき出来事の影響力を生み出したのは他ならぬ自分の意図(創造力)である、という洞察をPCにもたらすのでしょう。
その結果、彼は今後同じような出来事に遭遇したとても理論的には悪影響を創らなくなるように思います。
一方、退行催眠及び前世療法では、そのような結果が得られるような認識が、そもそも理論にも施術者にも無く、再度衝撃的なことが生じれば、同等の苦悩と悪影響に翻弄されると思います。
現代菜園の優位な点は、ありとしあらゆることの『起因』は自分であり、かつプロセシングはそれを目指してるといった認識にあるように思えました。
-
da353d75
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-05 22:35
- >>f2ef5e7d
自由領域で俺はどちらかといえばオーディティング総合優位論に反対するほうな
のだ。
まず、«菜園公理»«因子»などの基本原理にオーディティングを必要不可欠とする
記述が見当たらない。それどころか、"オーディティング"という単語さえ出てこ
ない。オーディティングが万能の解決策として提示されているのではないのだ。
ごくたまにだが、元菜園人が菜園外の施設で心理療法を受けていることがある。
菜園人がたまたまそういう元菜園人に出くわすと、療法家がやっていることを何
かと批判したがるのだが、そういう時に俺は、"昔の知り合いを助けたいと思う
のであれば、療法家の助言に耳を傾け、行われている療法について学ぶべきだろ
う"ということにしている。
スポーツのための筋力トレーニングは、重傷から回復中の人には向かない。心理
的なことについても同じなのだが、菜園人にはそこのところをよく理解していな
い人も多い。
-
6bac5ec7
anonymous
2010-04-05 22:40
ここ数年、他者の思考支配(雑念や特定の思考の瞬間的消去と思考挿入)と
行動の制御それと他者に影響を及ぼすエンティティーの解放をテレパシーを用いて行うことを訓練してきました。
これに関しては、人が思うほど大した能力は必要なく、コツのようなものを習得すれば、
意外と簡単にできるものです。
それがこのところ自分のBT(エンティティー)処理を徹底してやるようになってから、その能力がいっそう向上したのですが、(力まずに、ただ思うだけでできるようになった)
それとともに自分の中から他者を操りたいという欲求も減少してきているのに気づきました。
NOTSとは本当にすごいものですね。
-
4bd0af15
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-05 23:01
- >>6bac5ec7
順調のようで何よりだ。そなたが今採用しているスタイルがどれなのかは知らな
いが、それを気長にコツコツと続けるといいだろう。
自灯明、自灯明。
-
97c6f7ad
anonymous
2010-04-06 01:18
- >>7f52f9f9
>退行催眠や前世療法では、一般にカタルシスを促すことに主眼が置かれてます。
>菜園大姉に関しては門外漢なので比較はできないのですが、ポスチユレートの再認識を
>重視することから推測してみるなら、菜園大姉は、修理すべき出来事の影響力を生み出したのは
>他ならぬ自分の意図(創造力)である、という洞察をPCにもたらすのでしょう。
これは、オーディティング技術やオーディターの側の問題ではなく、PCないしクライアント側の問題ではないのか?
つまり、オーディティングのコマンドを受け取って、「出来事の影響力を生み出したのは他ならぬ自分の意図
(創造力)である」と気づくか、気づかないかは、PCの知識やケース状態の良さに依存する問題のように思われる。
さらに、たとえ気づいたとしても、本当に実感しているのかどうかも、すこぶる怪しい限りだ。
というのも理論上は、「今後同じような出来事に遭遇したとても理論的には悪影響を創らなくなる」はずなのだが、
現実には、クリアーという肩書きをもらっていながら、同じような出来事で、首が回らない再演トロジストが実に多い。
逆に、それなりの知識を持っていたり、ケースの状態がよいならば、退行催眠や前世療法からでも、それなりのコグを
得ることは十分可能ではないか、と思うのだ。
old timer氏が、「新参者には入門書を読ませて数年間放置する。職員はしばしば勝手なことをい
うので、新参者には菜園の基礎知識が必要だ」と言っていたが、この点に関しては私も賛成だな。
オーディテングを受けていても、何をオーディティングされているのか分からないと、なかなか、
「出来事の影響力を生み出したのは他ならぬ自分の意図である」というところまでは行かない。
-
3a12e51a
anonymous
2010-04-06 01:57
- 退行催眠で代用、と言い出した者です。たくさんの貴重な議論に感謝いたします。
菜園はブックワン読み途中、アバターのマスターまで修了の者なのでわからないことも多いですが。
>菜園大姉は、修理すべき出来事の影響力を生み出したのは他ならぬ自分の意図(創造力)である、という洞察をPCにもたらすのでしょう。
その結果、彼は今後同じような出来事に遭遇したとても理論的には悪影響を創らなくなるように思います。
この辺についてですが、アバターの考え方と行なう練習が、まさにこれに当たると思います。
-私は被害者ではない
-過去は存在しない
-世界は私の反映だ
-私はこの全てをつくりだす
などの創造練習を行なうことが、自分が起因である、自分が作り出した、という自覚を持つこと、
ありていな言葉で言えば、「人生に対する主導権を取り戻すこと」に大いに貢献すると感じます。
心理相談室に通い、療法を受けるということが、まさに普通でいえば、「被害者になってしまっている」状態であり、
「私は被害者ではない」という決定(?)が、被害者的影響を被らない姿勢をつくりだすのは間違いないように思います。
少なくとも、心理相談室において、過去は被害者として存在していた自分が、
被害者の位置に坐り、その役割を担うことは無くなった、と言いますか・・・・
素人なので、言葉は不正確ではありますが・・・
-
d2dfc5f0
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-06 07:01
- >>97c6f7ad
菜園についての基礎知識の重要性については、幅度とそなたはほとんど同じこと
をいっていると思う。
退行催眠やその延長線上にある前世療法からのコグについてだが、療法中に再生
された出来事について、その後の日常生活でコグが得られるということはあるだ
ろう。俺はこの可能性を常に意識してきた。
"認知療法"を英語では"cognitive therapy"という。コグは認知だ。認知療法と
退行催眠を完全同時に行う技術が存在しない以上、コグの発生があるとすれば、
それは必ず退行催眠の後になる。
すると、退行催眠の領分に入らないものもはっきりとわかってくる。L&N、一瞥
消去、NOTs系はいずれもPCがしらふでなければ出来ない。これらにおいては、PC
の認知の力そのものを処理対象の発見のために直接利用しているからだ。例えば、
初期大姉ではPCが完全にしらふではなく、大姉夢想という状態にあるため、一瞥
消去は起こらない。
もちろん、上で俺がいったことが正しいのならば、認知療法がオーディティング
の代わりになる可能性は高いことになる。というか、オーディティング、特にソ
ロは、認知療法の一種とも見なせる。
-
ebfbbd1d
anonymous
2010-04-06 09:26
- >>3a12e51a
>心理相談室に通い、療法を受けるということが、まさに普通でいえば、「被害者になっ>てしまっている」状態であり、
そう!そこなんだよね。
カウンセリングルームに入る時の、あの何とも言えない緊張というか、後ろめたさと言ったら・・・。
「自分は問題を抱えている」、「治療すべき症状を持っている」という思いのまま
カウンセラーに向かい合うわけだからね。
ここを何とかしないと、カウンセリングの効果は期待できないのかも。
-
1b5e1d3f
anonymous
2010-04-06 09:48
- >>d2dfc5f0
認知療法は、オーディティングの他で唯一効果があった療法だった。
いちいち高い金払ってグレード何とかなんてやらなくても、別にこれでよかったんじゃんって思った。
認知療法を奨励してる心理療法家は、退行催眠などのトラウマ消去系のセラピーを
批判してる場合が多いね。
いちいちトラウマの根源を見つけ出さなくても、自分の解釈が変わるだけで、
それが全く現在に影響を及ぼさなくなるってのはすごいよ。
菜園教会でNEDだとかPTSランダウンが必要ですと言われたような症状でも、
認知療法で一発だった。
「自分は何のために、高い金出して菜園に通っていたんだろう・・・。」と思ったもんだよ。
-
64a9f081
anonymous
2010-04-06 11:43
- >>d2dfc5f0
>退行催眠やその延長線上にある前世療法からのコグについてだが、療法中に再生
された出来事について、その後の日常生活でコグが得られるということはあるだ
ろう。俺はこの可能性を常に意識してきた。
これは経験的にもうなずけました。
それは『熟考』し尽くした後に不意に現れてくる『ひらめき』や『洞察』にも見られる
精神の自然な機能(統合機能)のひとつなのでしょう。
一方、認知療法によって物事の認識の枠組みを変換させる手法は、どちらかと言えば
クライエントが当の問題やトラウマをある程度受け入れることが可能になるような
準拠枠へと、ひっぱって行くような印象を抱きます。
そこで得られる洞察は、各学派が提唱している理論的な方向へ向けて、
クライエンとの理解の要素(思考)が組み替えられていると思います。
もしそうなら、ケースレベルの上昇が各学派によって限定を受ける結果になるでしょう。
ですから認知療法で得られた特定の認識の枠組みを逸脱するような事態に対しては、
『一瞥による消去』の能力も活用できないと思います。
推測でしかないのですが、一瞥による消去と看做される問題の消去法は、
ある種の認識の枠組みによるものと、真正なもの(あるがままの認知やコンフロント)の2種類があるように思えました。
-
3dfd3d68
anonymous
2010-04-06 11:53
- >>97c6f7ad
>首が回らない再演トロジスト。
この命名、笑える~~!
-
3b841413
anonymous
2010-04-06 11:55
- >>1b5e1d3f
>「自分は何のために、高い金出して菜園に通っていたんだろう・・・。」と思ったもんだよ。
認知療法と菜園では、治り方が違うんだよ。
-
f5308a64
anonymous
2010-04-06 12:57
- >>ebfbbd1d
心理相談の中で、カウンセラーは顧客を巧妙に被害者化していくというか、
カウンセラー自身が以下のような思いを当然の前提として持っており、
>「自分は問題を抱えている」、「治療すべき症状を持っている」という思いのまま
カウンセラーに向かい合うわけだからね。
その枠組みの中でやっていくということが、「問題を起こした患者、クライアント」に対して圧倒的優位な立場から、
「治してあげる」とでも「援助する」とでも、「本人の治る力を引き出す」とでもなんとでも言い、
後から都合のいい解釈とつじつまあわせをして、本人の気持ちを少しだけ撫でて(同情を与える)、
延々と治療構造という罠に陥れて、終りなきカウンセリングで営んでいく、こういう構図のような気がしてきました。
>カウンセリングルームに入る時の、あの何とも言えない緊張というか、後ろめたさと言ったら・・・。
当初は、様々な悩み、問題、症状を抱えて心理相談室を訪れていたAさんが、
仕舞いにはカウンセリングルームに入ることに安堵感を覚えてしまうようになったらどうでしょう?
カウンセリングは少しだけ楽になって、問題が解決しない、症状が治らない方が儲かってしまいます。
自覚しているにせよ、無自覚にせよ、こういう事が多いように感じます。
個人的には、来談者中心療法(ロジャーズ派)、ユング系(夢を扱うもの)など、
街中でよく見かけるものは、壮大な詐欺と変わらないような気さえしてます。
明確な技法と、素人でもはっきり実感できる成果が出ない療法は、
仕事をしているのか、していないのか、ほとんど区別がつきません。
また、傾聴したり、夢を扱ってもデータとしては自然治癒と変わりがない、という話も昔から耳にします。
この世界はホントにわけがわかりません。
しかしながら今回、ブックワンが「同情」をエングラムとして厳しくはねつけているのを見て、初めて覚るところがありました。
催眠や認知療法は明らかな技法と作業を伴っているので、普通の人からしても実感できるものがあると思います。
それで効果が出なければ、「効果が無い」と判断できますしね。
-
379e5050
anonymous
2010-04-06 14:28
- >>d2dfc5f0
「"認知療法"を英語では"cognitive therapy"という。コグは認知だ。認知療法と
退行催眠を完全同時に行う技術が存在しない以上、コグの発生があるとすれば、
それは必ず退行催眠の後になる。」
どうやら、問題の核心にせまってきたような感じがする。
(認知療法ではなく、反対に催眠のほうに議論をもっていくので、恐縮ではあるが・・・)
仮説1.認知療法と退行催眠を完全同時に行う技術は存在しない。
仮説2.コグの発生があるとすれば、それは必ず退行催眠の後になる。
仮説1、2は、本当に正しいのだろうか?
私は現在、この問題の背景には、上で議論されていた、『夢』という現象の取り扱いと、
『外在化』という現象の取り扱いに関連している、と推理している。
この両者は、OBE(体外離脱体験)によって、かなり深く関連しているような気がする。
私は、菜園での外在化は、モンローのいう、広義の体外離脱体験、あるいはバイ・ロケーションに
相当している、と考えている。バイロケーションとは、肉体に意識の一部を置きながら、
意識の別の部分が、肉体の外に離脱することをいうらしい。
幅度は、理由は分からないが、夢を菜園の対象から、はずそうとしていた。
(少なくとも軽視していた。)
その証拠は、夢に関する、大姉公理の172番だ。
日本語訳では「夢とは、ランドミティーの領域を想像によって再び編成すること、
またはセータの努力を再び象徴化することである。」
公理というよりも、事実上、夢の定義だと考えてもいいだろう。
「再び編成すること」=reconstruction
「再び象徴化すること」=resymbolization
この場合の「re-」(再び、二度目)の意味は、セカンドポスチュレートにおける、
セカンドの意味と同じだろう。
つまり「ウソ」「虚偽」「アルター・イズ」のことを意味していると考えていいだろう。
仮に公理172-2を「夢とは、肉体が眠っているときにおける、セイタンの活動一切の
記憶の現れである」などとしてみよう。これは、上の公理172のある意味での否定である。
私は、超準(Non-standard)菜園トロジーのひとつとして、公理172の代わりに、
公理172-2を採用する体系に興味を持っている。
なぜか?
それは、「明晰夢」とよばれる、意識が覚醒した状態で、夢見の状態に入る現象が知られているためである。
それを一歩発展させれば、セイタンが100%覚醒した状態で、ボディを眠らせることが可能ではないのか?
さらに進めると、セイタンが覚醒しかつ外在化した状態で、ボディを眠らせれば、OBEが実現できるのではないのか?
実際には、着想は逆の順序で、OBEと外在化との関係を探っているとき、公理172では明晰夢が
上手く説明できない、と気づいたのですけどね。
また、OBEに興味をもつ理由は、最近ほとんど語られなくなった、セータ・クリアーとの関連が
あるような気がしているためです。
-
5922f9b3
anonymous
2010-04-06 16:57
- >>379e5050
「外在化」は肉体との同一視が一時的に解除され、そこから(マインド内部の)物質宇宙を見つめてる状態。
「明晰夢」は肉体と同化した意識が眠り、(マインド内部の)アストラル界に存在している身体と同化している意識が目覚めた状態。
「OBE」は上記の2つのステートの混合であり、気づきの明晰度によって様相が変わる。
-
b5a25971
anonymous
2010-04-06 18:14
- >>379e5050
>仮説1.認知療法と退行催眠を完全同時に行う技術は存在しない。
仮説2.コグの発生があるとすれば、それは必ず退行催眠の後になる。
仮説1、2は、本当に正しいのだろうか?
答え:正しい。
退行催眠は基本的に記憶支配という深い催眠状態の中において行われ、
その大脳皮質的な理性機能の主導権は術者に委ねられている。
>幅度は、理由は分からないが、夢を菜園の対象から、はずそうとしていた。
(少なくとも軽視していた。)
その訳は、幅度が夢という現象を自分の枠組みでは理解できなかったからだ。
「夢」はいったい誰が創っているのか?…どうやらセイタンではない。
しかし、そんなことがあるのか?セイタン以外の何かが自分の中に居る?まさか・・・
そんなことを認めたらえらいこっちゃ!何故ならセイタン理論が整合性をもたなくなってまう。よし、無効にしよう。このように彼は考えた。
-
6dae0376
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-06 18:34
- >>b5a25971
後に«A History of Man»と改題されることになる«What To Audit»が最初に出版
されたのは1952年で、その中に既に魂以外の何かについての記述がある。夢が菜
園の処理対象から外されたのは、理論上の理由ではなく、技術上の都合のように
思われる。うまく処理できなかったのだろう。
-
0b6c2b11
anonymous
2010-04-06 19:57
- >>b5a25971
>退行催眠は基本的に記憶支配という深い催眠状態の中において行われ、
>その大脳皮質的な理性機能の主導権は術者に委ねられている。
それは、脳や脳の機能について語っているだけで、セイタンのトーンが無意識の水準まで落ちている
ことは、必ずしも意味しないだろう。
>>5922f9b3
>「外在化」は肉体との同一視が一時的に解除され、そこから(マインド内部の)物質宇宙を見つめてる状態。
exteriorizationについては、いろいろニュアンスの違う定義があるのだが、とりあえず次のような定義でよいと思う。
n. 1. the act of moving out of the body with or without full perception.
[Lecture 14 Jan. 55; Lecture 13 Dec. 66; HCOB 4 Jan. 71RA; HCOB 24 Sept. 78RB; HCOB 4 Oct. 78]
当然ながら、私が興味を持つ外在化は、「moving out of the body with full perception」のことだ。
だから、「マインド内部の物質宇宙を見つめてる」という意味ではなく、ボディを経由しないセータ・パーセプション
によって、知覚している状態をさす。
マインドの中にある物質宇宙とは、物質宇宙のピクチャーであって、それらのオブジェクトそのものではないのではないか?
だから、『人間の能力の創造』にあるルートI-05の『コピーすること』というプロセスで、見えた物体のコピーを
つぎつぎに作り出せば、外在化したセイタンには、それらのコピーがマインドの中になくても、ちゃんと見える。
>「明晰夢」は肉体と同化した意識が眠り、(マインド内部の)アストラル界に存在している身体と同化している
意識が目覚めた状態。
それほど単純な話ではない。
Stephen Laberge の「Exploring the World of Lucid Dreaming」が、届いたのは一昨日なので、
まだ詳しくは読んでいないのだが、興味深い記述がある。(この本は、日本語訳のでている
『明晰夢--夢見の技法』、春秋社のあとにだされた、ワークブックみたいな本だ。)
「Falling Asleep Consciously」と題された第4章につぎのようにある。
「This chapter presents a completely different set of aproaches to the world of lucid
dreaming based on the idea of falling asleep consciously. This involves retaining
consciousness while wakefulness is lost and allows direct entry into the lucid dream state
without any loss of reflective conscious.」
私が興味を持っているのは、 「without any loss of reflective conscious」という部分だ。
これは、私の菜園的解釈によれば、「セイタンのトーンを落とすことなく、ボディに対するコントロールを
保持しながら、ボディだけを眠らせること」、だろうと予想している。
検証はこれから、自分で実験してみたいと思っている。
-
fc140c88
anonymous
2010-04-06 20:27
- >>6dae0376
>その中に既に魂以外の何かについての記述がある
GEのことか?
もしも、GEならば、あれは、犬や猿の魂みたいなものではないのか?
もっとも、犬や猿も夢は見るらしいが・・・
ただ、通常は、人が眠ると、セイタンはボディのコントロール権限をほぼ全面的に、GEに委譲する
のかもしれない。だから、夢の内容がしばしば、動物的になるのかもしれない。
私が確かめたいことは、セイタンがそのような、自動機械への権限委譲を一切行わずに、
ボディを眠らせることが可能なのかどうか、ということだ。
-
5d630ad8
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-06 21:28
- >>fc140c88
>>6dae0376 は >>b5a25971 の"幅度が夢という現象を自分の枠組みでは理解でき
なかった"に対する反論に過ぎない。夢という現象をよく理解しなかったのは本
当かもしれないが、夢を処理対象としなかったのは、"枠組み"を守るためではな
い。
これはKSW#1にも書いてあることだが、当時の幅度は集団が真理を発展させると
いう考え方を持っていて、基本原理や技術に対して疑問が提示されることを嫌が
るようなことはなかった。
それに、そもそも、セイタン以外にGEやジョイナーが存在したとしても、菜園の
基本原理には反しない。«菜園公理»では"セイタン"について何も語られていない
からだ。
-
0c92ae1e
anonymous
2010-04-06 22:08
- >>0b6c2b11
物質宇宙が「マインド」の外にあるという見解は、所謂「マインド」を、個人の内部現象と看做す常識的限定から来た誤解だと思う。
「マインド」は集合的なものだ。言うなれば、集合的マインド内部に物質宇宙があり、個人に限定された所謂マインドがある。
『コピーすること』というプロセスは、集合的マインドの中に在る物質宇宙を個人的マインドにコピーしている。
ちなみに「物質宇宙の外」にある視点もその知覚も集合的マインド内部の現象だ。
しかし、集合的マインドの外へ出ることは可能なように思える。
超人的能力は、部分的にせよ、集合的マインドの外からくる。
いずれにせよ、明晰夢も身体(肉体、アストラル体など)もマインドの中での現象である。(死後の世界もモンローの言う各フォーカスレベルもみなそうだ。)
幅度はマインドの内外の現象と、マインドから脱却した現象とを混同していたのではないか。
彼の言うOTは集合的マインドを超え出た存在のことだ。
だから個人の宇宙にアプローチしている前段階のプロセスやOTレベルのプロセシングだけでは、一般人には到達困難だろう。
-
d9d98b80
anonymous
2010-04-06 22:23
- >>fc140c88
ボディーは眠るとはどういうことか?
夢游病で歩き回っているボディーは果たして起きているのか?
-
4863907e
anonymous
2010-04-06 22:26
- >>d9d98b80
ああ、あれは起きてると思う
-
2374456e
anonymous
2010-04-06 22:45
- >>4863907e
なら話は簡単だ。
ボディーが動かないようにしておけばいいんだからな。
ところでラバージは明晰夢を見ながら肉体のまぶたを意識的に動かして、
研究室の仲間に合図を送った、ってことを誇ってたよな。
夢の世界から現実の世界への世界初めての通信の快挙だとか。。。
POPのアーノルド・ミンデルは昏睡状態の人とのコムラインを確立するワークをしてたが、そのとき昏睡してる人のボディーは起きてんのか寝てるのか?
これはなかなかの公案だ。
-
ab837082
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-06 23:16
- >>0c92ae1e
大姉・菜園での"マインド"は個人用のものとして定義されているので、それが変
えられると、無用な混乱が生じることもある。
集合的マインドを、操縦士は"共有空間"と呼んだ。それを"アカシックレコード"
と呼ぶ人もいる。
どっちも気に入らなければ、何か別の用語を考案してくれないかな?
-
9b94bbdd
anonymous
2010-04-06 23:21
- >>ab837082
やっぱ操縦士の"共有空間"がいいな。
ところで最近オールドタイマーさんの文章は変わりましたよね?
-
a86faa68
anonymous
2010-04-06 23:32
- >>0c92ae1e
>物質宇宙が「マインド」の外にあるという見解は、所謂「マインド」を、個人の内部現象と看做す常識的限定から来た誤解だと思う。
これは、私の理解している、菜園的な意味でのマインドとは別のものを言っているような気がする。
(私は、黄金時代以前の人間なので、「マインド」いってしまうのだが、最近では「心」というらしい。)
以下が公式的な菜園における「mind」の定義(のひとつ)だ。少々長くて恐縮だが、・・・
最初の一文のとおり、セイタンとセイタンの環境との『間に』あるコミュニケーションとコントロールのシステムがマインドだと言っている。
したがって、私としては、環境のひとつである物質宇宙がマインドの中にあるとは、この意味においては理解できない。
mind
n. a communication and control system between the thetan and his environment.
The mind is a network of communication and pictures, energies and masses
which are brought into being by the activities of the thetan versus the physical universe or
other thetans. It is not the brain. It is the machines, circuits, facsimiles, memories and so forth
which are used in the individual's thinking process, plus the thetan.
A mind has to be alive to be considered a mind. Thus, a computer or electronic brain
cannot be a mind; it can only be a thinking machine, as there is no life connected to it.
"There can be a mind without a body - but we must not confuse the products of the mind
with the mind itself." [Scientology: The Fundamentals of Thought; Handbook for Preclears;
Lecture 3 Mar. 52 (#1); Lecture 14 Jan. 55 (#1); PAB 63, 14 Oct. 55; PAB 85, 22 May 56;
HCOB 9 July 78RA; HCOB 15 July 78RA]
>「マインド」は集合的なものだ。言うなれば、集合的マインド内部に物質宇宙があり、個人に限定された所謂マインドがある。
最近ダスカロスの『キリストのたとえ話』という本を読み始めているのだが、彼の言う「マインド(Mind)-この宇宙に存在する、
ありとあらゆるものを構築する大元となっている「聖なる素材」のこと。」を少々、連想させるな。
-
91d84d54
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-06 23:52
- >>9b94bbdd
文章が変わったという自覚はないが、最近、過去10年間で最大のコグが実生活上
で生じて、世界観が変わった。文章にも影響が出たかもしれない。
-
bbced655
anonymous
2010-04-07 00:40
- >>91d84d54
文章というより雰囲気が確実に変わったという印象を受けますね。
-
f23d4587
anonymous
2010-04-07 00:54
- >>3b841413
治り方も何も、菜園は値段が法外すぎるよ。
菜園で治るまでに何百万掛けろって言うのよ。
>>f5308a64
>個人的には、来談者中心療法(ロジャーズ派)、ユング系(夢を扱うもの)など、
>街中でよく見かけるものは、壮大な詐欺と変わらないような気さえしてます。
>明確な技法と、素人でもはっきり実感できる成果が出ない療法は、
>仕事をしているのか、していないのか、ほとんど区別がつきません。
>また、傾聴したり、夢を扱ってもデータとしては自然治癒と変わりがない、という話も>昔から耳にします。
>この世界はホントにわけがわかりません。
全く同感です。
そもそも、週1回、45分くらいの傾聴で、一体何がよくなるというのよって話だね。
カウンセラーは本当にこんなんでよくなると思ってるのだろうか。
その程度だったら、菜園教会のスタッフだったら、何時間でも話聞いてくれるよ。しかも無料でね。
オーディティングをするまでもなく。
本屋や図書館に行けば、心理学コーナーに、いろんな心理療法の本がズラリと並んでるけど、
全くと言っていいほど役に立ってないんじゃないかって思うよ。
心理学者達は一体何をやっているんだ?
数十年前の菜園のマテリアルを使ったほうが、遥かにマシではないのか。
現在の心理療法がこんなんだから、皆、菜園教会みたいなカルトにハマっちゃうんだよ。
-
5cd73deb
anonymous
2010-04-07 01:16
- >>f23d4587
>菜園で治るまでに何百万掛けろって言うのよ。
まあまあ、気持ちは分かるがそこはひとつ大人になってだなぁ。。。
>そもそも、週1回、45分くらいの傾聴で、一体何がよくなるというのよって話だね。
ジェンドリン(フォーカシングの創始者)という哲学者がいて、彼はロジャーズの弟子でもあった。
彼の綿密な調査研究によれば、「傾聴だけで治る人」もいれば、そうでない人もいるのだと言う。
人間中心の思想を信奉する療法家の技能やメタスキルのことは置いて言えば、
君は運悪く、その「治る人」の範疇に入らなかったわけだ。
トラウマの治癒率では最高ランクのEMDRでさえ、成功率は86パーセント程度。
高度なNLP諸技能をマスターしているセラピストのアレルギー症状治癒率も約85パーセントと言われてる。
-
600494e9
anonymous
2010-04-07 01:33
上記投稿に続く。
このように、特定の症状に特化した療法であっても、治らない症例がある。
ならば不定愁訴や性格の問題、対人関係の諸問題等などは、
どのセラピーにおいてもそうそう治るものではない。
その療法がその人の、その問題解決にフィットするかどうかを判別するのは事実上、困難を極める。
-
b8bf9d5c
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-07 07:24
- >>f23d4587
菜園は病気の治療を約束しているのではないから、治るかどうかを基準に金額面
での妥当性において評価することは適切ではないと思う。
菜園は、本来、菜園人に一方的にオーディティングを提供するサービスとして意
図されたものではなく、菜園人が自ら学び、使いこなす知識と技術の体系だ。
-
4b223cce
anonymous
2010-04-07 09:52
- というか・・・、なぜ無料ではないのですか?
宗教なのだから、自由献金が当然だと思うのですが・・・。
少なくとも、トレーニングで上るブリッジは全て無料にし、
自由に勉強してコー・オーディットでクリアーを目指す。
これで何の問題もないように思えるのですが。
菜園が本当に素晴らしいもので、得るものが多いのであれば、
たとえ無料だとしても、寄付はどんどん集まるだろうし、
そのほうがオーディターもたくさん量産されるのでは?
フリーゾーンの場合は、非公開は何もないし、
無料でソロ・ブリッジを上ることができる点で、かなり良心的って気がしますよ。
「菜園は本物だ!」と主張しても、説得力がある。
しかし、菜園教会の場合、あのサービス料金を見るだけで、やはりカルト臭を感じてしまいますね。
宗教団体で、惑星のクリアリングが目的だって言うのなら、タダでやってやれよと思うのですが・・・。
やはり宗教団体でお金を取る所は、絶対信用してはならないと思いますね。
多くの専門家がそう言います。
-
7f2b1e73
anonymous
2010-04-07 10:13
- そもそも、イベントのビデオ上映で見せられる、あのアメリカの豪華な会場は何ですか?
あそこまで豪華にする必要なんてあるんですか?
シーオーグだとか豪華客船とか必要あるんですか?
スタッフは「金儲けのためにやってるわけじゃない」と言いますが、
金儲けにしか見えないですよ。はっきり言って。
コース中に熱が出たと言ったら、熱を下げるオーディティングを施すから30万出せとか、
ハァ?って感じで、狂ってるとしか思えないね。
アレルギー症状が出たと言ったら、原因を見つけるオーディティングと治すオーディティングで大体200万くらいだったかな。
治るまでコースに戻すわけにはいかないから、強制だと言われましたよ。
そんな金ないと言ったら、借金しろと言われました。
病院行くか、治るまで休めばいいだけじゃないですか?
バカバカしくて菜園辞めましたよ。
あんなに金に汚くなければ、菜園ももっと多くの人に受け入れられて、
今よりずっと普及しているかもしれないのに。
本当に勿体無いです。
宗教が堕落してしまったいい例だと思います。
自由領域はそうならないでほしいです。
-
bfb7668d
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-07 10:29
- >>4b223cce
宗教は一般に無料ではなく、菜園教会もまた例外ではないということに過ぎない。
宗教組織の聖職者その他の職員も、生活のためには収入が必要なのだ。
キリスト教のタイシングと菜園教会のオーディティングの費用を比較すれば、先
進国のほとんどで、一生涯に教区信者が支払う費用はキリスト教会のほうが多く
なる。
俺の家の近くの神道神社は、15分間の厄払いで5000円も取っている。しかも、10
人くらいまとめて厄払いする。1人あたりに換算すれば、1分30秒で5000円、つま
り、1時間で20万円になる。
それらに比べれば、菜園教会はむしろ宗教実践形態として割安の部類に入る。
菜園教会に対して金銭面で多くの人が持つ不満は、かかる費用の大きさよりも、
むしろ、教会が明示する選択肢が少ないことではないだろうか?
現在のキリスト教の場合、教会の教区信者の1人にならずとも、聖書を読んで個
人的に信仰するという選択肢があり、これならばほとんど無料だ。
神道でも、神社にお参りすることは強制されない。
菜園教会の特にまずいところは、初期大姉と新時代大姉で"クリアー"の要件が異
なるのに、新時代大姉関連の技術資料が安価に提供されていないことだろう。
自由領域で菜園を実践する菜園人が増え続けているのは、自由領域が幅広い選択
肢を明示しているからだ。無料の教材を読んで、全部ソロで橋を上れば通信費以
外の費用がかからない。一方、自由領域で最高レベルの職業オーディターによる
オーディティングは、教会の一般組織のオーディティングの4倍ほどの高価なも
のになる。懐具合に合わせて実践形態を選べるので、不満の声はほとんど聞かれ
ない。
-
1a33862d
anonymous
2010-04-07 10:38
- >>ab837082
>操縦士の言う"共有空間"とはどのようなものなのですか?
-
04577e17
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-07 10:49
- >>7f2b1e73
建物や内装の豪華なことで競えば、菜園教会はキリスト教カトリックの聖堂や神
道の神宮にはまるで及ばない。教義の観点からは豪華にする必要性はないのだが、
信者の欲求という観点からは豪華さの必要性を否定するのは難しい。
ニューエイジがあまり豪華でないのは、実践者がそれを求めないからだ。菜園教
会はニューエイジ前に設立されたため、伝統として豪華さを引きずっている。一
方、自由領域の黎明期はニューエイジのそれと時系列上で重なっているので、豪
華ではない。
"コース中に熱が出たと言ったら、熱を下げるオーディティングを施すから30万
出せ"といわれたのが本当ならば、それは教会そのものの実践原則に対する重大
な違反といえる。"生徒にケースはない"(A student has no case)という原則が
守られていないからだ。また、喘息・アレルギーランダウンそのものは、アレル
ギーを治すことを約束していない。
-
f8b86470
anonymous
2010-04-07 16:26
- >俺の家の近くの神道神社は、15分間の厄払いで5000円も取っている。しかも、10
>人くらいまとめて厄払いする。1人あたりに換算すれば、1分30秒で5000円、つま
>り、1時間で20万円になる。
神社の厄払いに、本当に救いを求めてる人っているんですかね?
あくまに儀礼的、願掛けの意味で寄付する場合が殆どだろうから、
菜園のオーディティングと比較するのはどうかと・・・。
例えば、トラウマを癒したくて神社にお祓いをお願いすることなんてまずないのでは?
あれはもう伝統というか観光というか。
伊勢神宮のお神楽が何十万とかと、菜園のオーディティングを比べる意味がわからないというか。
「神楽舞でトラウマ治します!1時間10万です。」だったら、「菜園より遥かに高いではないか!」となりますけどね。
-
759371f6
anonymous
2010-04-07 17:27
- 寮の隣の部屋がイケメンだった
死ね
-
f674c099
old timer
i1b5ibip3kS
2010-04-07 18:40
- >>f8b86470
単なる願掛けでその値段が付くのならば、職業オーディターのオーディティング
は本当はもっと高くてもいいくらいだ。
組織はオーディティングを高く売る代わりに、トレーニングを無料にすればいい。
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